@ゆちこのブログ

ゆっちのいろいろを、出来る限りその色で綴るそんな日記。

@ゆちこの日記

話すという贅沢

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今私は鼻歌を歌っていて、こころがドキドキそわそわしている。
心からただただ漏れ出した気持ちを丁寧に扱ってくれる。
今関東にいる友達とミーティングをしたのだけれど、そんな彼らの優しさに胸がなんだかいっぱいで、ありがとうと、ドキドキと、そわそわと、うきうきが混ざり合っている感じ。なんだかくすぐったい、そんな感じ。

 

日々の暮らしの中で、大切にしたいものの順位が変わった。
自分が譲れない部分も、ある種頑固なくらいこだわる部分も。

自分ってなんて小さくて無力なんだと思ってた頃。
自分の可能性を引っ張り出してくれる方々に出逢い、私の出来ることが増えた。
そしてそこから調子にのって、なんかどんどんと天狗になっていき不義理な自分に違和感を覚えながらもそれにも気が付かずにただただ前に向かっていた。
そして今、一つ一つに丁寧さを込めること、一人一人と丁寧に向き合うこと。
これ以上でもなく、これ以下でもないと思うようになった。

自分が無力でも天狗でも、そんなことはある種どうでもよくて、
目の前の人やしごとやものごとにただ誠実にありたいなあ、と決めたら、そんなことを考える時間が圧倒的に少なくなった。

もちろんまだまだウダウダ悩んだり出来ていないこともたくさんあるよ。
ただ昔と違うのは、それを悲観するのではなく、現在の自分を受け入れて、やることは変わらない、と思うようになったこと。今この瞬間できることは一つだけだし、そこに命を精一杯使うだけだなあ、と。

 

来月自由大学でお話をさせて頂く機会を頂いた。
一緒にその時間を過ごせる方々にとって、何か小さくても心にひっかかるものがあるといいな。キレイにまとまっている編集されきった言葉達ではなくて、生で逢えるからこそのリアルなその瞬間に生まれる温度と黒や灰色なども含まれた幅広い色がある、そんな言葉をそこにぽんっとおけるといいな。
ゆっちは自由に話してねと言ってくれたその言葉が、
キレイにまとまってないその感じがいいと言ってくれたその言葉が、
こんなにも荒削りな自分をまるっと許してくれるその場自体が、
その講座に一緒に参加するみんなにとっての最大のギフトなのだなあと思った。
いいなあ、参加する人。とてもいいなあ、と心から思う。

今日もゆっくりとしたいい1日だったなあ。
では、おやすみなさい。