けんけんのけん
週末は山口・島根へひとり旅。
色んな友達が全国に移動し、暮らしを作っていっている。
金谷時代からの親友けんけんは、今島根県に。
顔見れて少し話した段階で、もうやってきてよかったって思った。
けんけんは、まっすぐ前を向いていたから。
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【Instagramに書いた言葉より】
けんけんに逢いたくて、萩から車を飛ばして島根県津和野市へ。
久しぶりにあった彼は、にじみでる優しさはそのままに、身体の中心に強さを帯びていた。
デザインも場作りもWEBも言葉を綴ることも大工しごともこなすけんけんは、とても器用な人間。
器用貧乏なんてことばがあるけれど、その器用さをけんけんは最大限に活かしていた。どれもが彼の強さとなり、どれもが重なりあって「けんけんのしごと」が生まれていた。
一緒に悩んでもがいて話して描いた3年前の金谷時代。
そこから色んな経験を重ねたけんけんは、まっすぐ前をむいていた。
私が帰りたくなったのは、すごく嬉しかったからだと思う。
ふと横を見ると、まっすぐ前をむいて進んでいるけんけんがいるからだ。
一緒のことをやってなくても、同じ道ではなくても、
そういう存在がいてくれることがとても嬉しい。
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きっと今もけんけんは彼の創りたい暮らしや世界に向けて、おしごとをしているんだと思う。自分を大事にするも、休むも、作業するも、全部がおしごと。
言葉にして残したいのに、言葉でこねくり回さずにただただ前を向いて一歩一歩進むけんけんの姿に触れたあとだと、全てが陳腐に思えてしまう。
言葉がなくてもちょっと触れたら伝わってしまう。生き方として、生き様として。
今の私をあのときの私が見たらなんて言うかな、と帰りの車で思った。
やっぱり生きていてよかったでしょ、とドヤ顔かなあ。
あのときの私に伝えたいことは何かなあ、とも考えた。
色々あるけれど、帰ってきたら可愛い旦那が待ってるよ、かなあ。