@ゆちこのブログ

ゆっちのいろいろを、出来る限りその色で綴るそんな日記。

@ゆちこの日記

なんだか今日朝、自由だなって思って胸がドクンとなった記録。

ゆちこの最近をつらつらと。

①現在東京〜九州を車で移動中。
今日で10日目かな、10日かというと短い気もするけど、今回は全部で2週間くらいの予定で、そうすると1年間の24分の1ってこと。
そう思うと、なんだかすごいな。

一週間は48分の1。
ということは、1年間ってすごい長いように思うけど、じつは月曜日って50回くらいしかないんだよね。

改めて、一日一日を大切に過ごそうって、なんかそんなことを思った、今。

②そして、この旅はキャンプかゲストハウスに宿泊しているのだけど、今日の朝目覚めたときにふと「あ、なんか自由だな」って思った。

それは、旅をしているからとか、そういうことじゃなくて。

やりたいこと、欲しいもの。
そういうものに出逢ったときに、「工夫」さえすればいいんだなって思ったから。

「出来ない理由ではなく、出来る理由を考えよう」
って本とかでは読んだことあるけど、この「出来る理由を考える」ってものすごいクリエイティブで、そしてそれは企みであり、工夫であるなと、そんなことを感じた。

だから、やりたいことが出来ているから自由とか、そういうのとはまた違くて。

やりたいことがあったら工夫できる、それ自体が私の楽しみであり、喜びであり、大好きな「企み」なんだなと思った。

だから、ものすごいものすごい、自由だなって思った。

ああ、日々企んで生きる人生。
これ、すんごい好きで、心がときめく。

ドキドキ、そわそわ。


③最近、周りで色んなことがあった。
私も初めて切符を切られたり、こんだけ色々続くと、何かが違うというサインじゃないかとも思ってくるくらい、なんかそんな感じだった。

で、昨日の夜久しぶりに、ちゃんと仕事をした。
そしたら、すごいスッキリして、とてもとてもいい感じの朝を迎えた。

旅は出逢うし、大好きだけど。
今の私は、仕事(生産する)ことが好きなんだと思う。

そんなことを考えてたら、仕事って自分を周りや世界に活かすことだなって改めて思い出して。
ふと、ちゃんと自分を活かしきりたいって、そんなことを思った。

自分が生まれてきて、そしていつかは死ぬわけで。
一つでも、少しでも、世界が柔らかく、温かく、そして嬉しくなったらいいな。

そしてそれは、自分をまっすぐ生きること。
嘘つかず、心からの自分で、毎日を生きること。
そして、毎日や人生を企むという、仕事をしていくこと。

「元気でいること以上の仕事はない」

そう、身体を壊したときに思ったけど、まさしくそうだと今改めて思う。

どういう状態が自分にとっての「元気」なのかは、人それぞれ違うと思っているけれど、
私にとっての「元気」は、まっすぐに、大好きな人をちゃんと大切にして、自分の気持ちを偽らないこと。
そして、空を見上げて、美味しいご飯を食べて、にこにこっと眠る事。
自分をその日、世界に活かしきること。

そんなことを、ふと思った。

④企むというと、大きい感じがするけど。
基本的に、そういう私の幸せは、日常にある。

そして何より、まだまだ人間を楽しんでいるから、怒ったり泣いたり拗ねたり、面倒くさく愛らしい自分もたくさんたくさんいる。
腹黒い部分ももちろんたくさんあるし、なんか人間らしくて笑っちゃうときもある。

たまに「いい人」と言われることがあるけれど、それ本当に勘違いで。
きっとそれは、「いい人だと思いたい」という、相手の視点なわけで。

それはそれでいいんだけど、いい人だと思っている人とは、きっとその程度の関係しか築けていないんだと思う。
それはそれでいいんだけど。

これからますます、私は自分を生きていくと思う。
そして、そう生きることで生まれること、失うことにも、覚悟が出来た。

「どんな自分でも絶対に信じてくれる人がいるから」
なんて分からないけど、それよりも
「どんな自分になっても、大好きな人、大切な人だけは見失わないようにしよう」
と思う自分がいるから。

そういう、大事な羅針盤があることが、そういう人がいてくれることが。
きっとこれまで歩んできたことの、自分へのご褒美と、準備なんだと思う。

自分を生きることに正解はないけれど、まず思ったようにやってみて。
そして、その大切な人達から、「それどうなん!?」って言ってもらえたら、そこはちゃんと振り返ろうと思う。

自分を生きること、その中に大事な人達がいるから。
私にとって、そこはすごい大きくて、大切なことなんだ。

⑤何か「む!?」って思うことがあって。
それを、「ああ変わってしまったんだ」と思うことはとても簡単。
「そういう人だったんだ、信じてたのに」と思うことはもっと簡単。

でも、そのときに、「ちょっとそれどうなん!?」って言える、言ってもらえる関係を築けていたかどうか。
それが、大事なことだと思っていて。

その結果、ああ、その考えは今は合わないね、ってなるかもしれない。
でもそれは、相手を勝手に諦めていないということ。

一番悲しいのは、そうやって勝手に諦められる関係なこと。
だからこそ、広く多くはもう無理だけど、勝手に諦められない人との関係を、どれだけ大切にしていくか。

それは一緒にいることでも、頻繁に連絡を取り合うことでもなくて、
なんか心と心の問題だと思うのです。


そして私は、今まで基本的には「嫌われたくない」という、薄い薄い関係を築いてきたからこそ、これからは多くなくていい。


どれだけ、喧嘩も出来る人を大切にしていくか。
ちゃんとモメられる人との関係を築いていくか。

それに尽きるなと、そんなことを思うのです。